塾長雑記帳2007年10月





10/31(水)

YouTube でStarkerのコダーイを観た。この人本当にすごい。(注 Starkerは ハンガリー生まれのチェリスト。バッハから現代物まで幅広いレパートリーを持つ。 いわゆるテクニシャンで、ゲテモノを弾かせたら彼にかなう人はいない。)

まず度肝を抜かれるのは、彼の関節の滑らかさだ。右手の肩や肘のように大きな関節から、 左手の指の関節まで、まるでオイルを塗ってあるかのようにスムーズに動く。どこにも摩擦が感じられない。 一体どういう訓練をしたらああいう関節が作られるのか、知りたい。門下生の堤剛氏も 同じような手の動きだったように思う。
むかしはStarkerの教則本を楽譜屋で見かけたものだが、 最近はネットですら在庫している店が見あたらない。かなり独特なメソッドで、左肘の位置を 自由に上下左右に動かせるようにしよう、等と書いてあったような気がする(10年ほど前に 持っていたのだが、部室の火事で焼けてしまった)。万人にお勧めできるようなメソッドではなかったが、 あの教則本に秘密があったのかも。

あと仰天したのが、左手ピチカートを小指でびんびんはじいていたこと。普通左手ピチカートは 中指か薬指ではじくものなのだが、あのハゲオヤジは小指ですごい音を出してた。

手の動きを見る限り、他のチェリストに比べて速筋が極端に発達しているようだ。 鍛えて何とかなるものではないのかな。

ちなみにコダーイの無伴奏といえばStarkerであるが、彼は作曲者の目の前で この曲を弾いたとき、彼自身による短縮バージョンを演奏したらしい。曰く「長すぎて退屈」。 何て度胸のある奴なんだ。結局何度も録音したこの曲で、オリジナルバージョンを使ったのは 最後の録音だけ。さすが。

削除される前に一度観ておいた方がいいよ。画質も音質もYouTubeにしては良好。


10/29(月)

Tシャツを後ろ前に着て一日過ごしてしまった。どーりで苦しいと。

こんな日もあるさ。


10/28(日)

いい天気だった。石原学舎のサンルームは、天気がいいと冬場でもあたたかい。 今日は、サンルームでF.S.FitzgeraldのThe Great Gatsbyをうとうとしながら少し読んだ。

アメリカでは高校生の課題図書になっているし、アメリカの歴史の一端を知るにはいい本だ、 とアメリカ人の友人に教えられて読み始めたと。しかし、読み始めてみると、こういうお話は 苦手であることに気づいた。描写が割と細かくて、すいすい読めない。 いわゆる文学作品なんだな。ついでにいうと、知らない単語多すぎ。これだとJ.Irving の小説の方が 分量は多いけどずっと読みやすい。
せっかく1000円も出して買った本だから、とりあえずとっとと読み通そう。

中学生の頃、映画の好きな友人が「華麗なるギャツビー」や 「アメリカングラフィティ」のことを話していたのを思い出した。内容は全く覚えていない。 あれから20年経ったんだなあ。


昨日は久しぶりに野球中継を観た。今日も観る予定だった。 それなのに何で、日本シリーズをどこのテレビ局 も地上波で放送してないんだ?フィギュアスケートなんかより、ずっと重要だろう、

中日ドラゴンズの方が!

テレビ局のセンスを疑うね。


10/26(金)

ナベツネ「補強が必要なのははっきりしている」

落合「現有戦力で十分優勝できます。」

管理職の能力ってのは、結構重要だ。
サングラスかけた落合監督はタモリに似ている。


10/25(木)

Leopard欲しい。でも金がない。

Leopardのファミリーパック(複数ライセンス契約ね)の条件がAppleのホームページ にのっているのだが、文章の意味がよくわからん。以下抜粋

* Family Packのソフトウェア使用許諾契約では、単一住所のご家庭内にお住まいのご家族がご家庭内で使用する場合にのみ、アップル製ソフトウェアを最大5台までのアップル製コンピュータにインストールして使用することが可能です。ここで言う「家族」とは、一軒家、アパート、移動住宅、マンションなどの単一の住居にお住まいの個人または複数の個人を指します。また、主たる住居をその家庭(実家)に持ち、大学の提供する寮などにお住まいの学生も「家族」に含まれます。Family Packの使用許諾契約はビジネスまたは商用ユーザには適用されません。

結局、実家を出て下宿してる学生はファミリーパックを使えるのか?使えないのか? 前半を読む限り、「ご家族」でも単一住所にいなくちゃならんという風に読める。 後半では、下宿してる坊ちゃんも「ご家族」に含まれるということになるが、「ご家族」 でも単一住所に住んでなきゃいかんと書いてあるから、下宿生はアウトだ。 大体、大学の学生寮にいて主たる住居が実家、なんてあるわけないだろ。 帰省したときだけ使ってもいいよ、ってこと?
ただし、わざわざ付帯条件を書いているところをみると、下宿生はセーフにしたかったんだろうな。 だったら「大学の提供する寮などにお住まいの学生も『単一住所の御家庭内に住んでいる』 とみなされます」としなきゃつじつまが合わんよ。

これだから、法律に関わる文章は嫌いだ。せめて普通に矛盾のない文章にしてくれ。 いやしくもlawを名乗ってるんだから。


チェロを左肩に担いでカブに乗ると、しばらくして右肩が痛くなる。 どうしてだろう。


10/24(水)

ジュンク堂で日本語検定の過去問と、予想問題集を買ってきた。用事はすぐに終わった のだが、たまたま流れていたブラームスのピアノ五重奏の演奏が素晴らしく、椅子に腰掛けたまま 30分ほどぼんやり聴いてしまった。

大傑作だとは思わないが、よい演奏で聴くとまるで別の曲みたいだ。 ポリフォニックな手法が多用されている曲なのだが、力量のない(あるいは腕力だけある) ピアニストが弾くと、その精密な構造が全く聞こえてこない。技術的に難しく、 ガンガン弾く方が気持ちいいから、どうしても弦楽四重奏オブリガート付きピアノソナタ みたいになってしまうんだよなあ。 ポリーニとイタリアカルテットのCDなんてその典型だ。ポリーニはうるさいし、 イタリアカルテットは信じられないくらい音が汚いし。ピアノの大音量に負けまいと 力一杯弾いてしまったのかもしれないな。

今日聴いた演奏は、ピアノのコントロールが素晴らしく、多声的な構造がよく聞き取れた。 それだけでなく、生きのよいリズムとタイトなアンサンブルで、だらけてしまいがちなこの曲が ぴちぴちしてたよ。

やっぱ、演奏家も必要なんだな。


10/23(火)

居酒屋たむら、誇らしげに営業中。と思ったら、10時前に電気が消えた。 がんばれ、たむら。

少しはがんばれ、僕


10/22(月)

英検速報

自己採点は71+アルファ/99だった。プラスアルファのところは自己採点ができない 英作文(満点14点)。例年の合格ラインが70/99前後なので、一次試験は当確。 英作文がマイナスということはないだろうから。


10/21(日)

英検を受験してみた(準一級)。

二年ほど前に一級を受験したが、 ボーダーライン直下で一次試験は不合格だった。普段から僕は生徒に 「ギリギリだと思う試験には失敗する。だから、傍目には不必要なぐらい 高いところを目指しておくべきだ」と言っているのだが、それが実証されてしまった 形になった。過去問を解くと、毎回ボーダーライン上にいたのだ。

今回受験してみた準一級は失敗する可能性のほとんどない試験だった。語彙問題が簡単 であるのが非常に有り難い。一級の語彙は(ネイティヴにとっては中学レベルなのだが) かなり難しく、見たことも聞いたこともない単語や言い回しが必ずいくつかある。

何でいい年こいて英検なんぞ受験するんだ?という声が聞こえてくる(ような気がする)。 実際、この手の試験は学生のうちに受験しておくものだ。受験した理由はいくつかある。

1.すべったまま撤退するのが嫌。
負けっぱなしは精神衛生上よろしくない。とりあえず確実に合格するはずの級を取っておくぞと。

2.試験の時の緊張感を忘れたくない
塾長としては、生徒が味わうであろう緊張感を、自分でも味わうようにする必要があると 考えている。どういうときにミスをするのか、集中力を失うのか、手が出ない問題に対して どう対処するのか、自分を実験台にして試しておかなくてはならない。安全なところにいては、 ギリギリの状況にある(かもしれない)生徒の立場が想像できない。

3.英語力の(ある程度公的な)裏付けがほしい
数学や理科に関しては、出身大学・学部からある程度力がわかると思う。 しかし、英語についてはそういった裏付けが全くない。高校の英語の先生 の英語力の基準が「TOEIC730,英検準一級」ということなので、そのくらいの スコアを持っておれば最低限の英語力はあると見なしてもらえるのではないかと。 でも、アレだな。「TOEIC730,英検準一級」てのは、明らかに高校の先生としては 低すぎる基準だよ。その程度の英語力だと、京大の試験には対応できないだろうし。

明日、筆記試験の解答が公開される。どうなることやら。結果はもちろん雑記帳で 公開するよ(知りたくもないか)。


10/20(土)

「こうかいれっすん」が「後悔レッスン」と変換された。
すべてお見通し?


祝!!中日ドラゴンズ
二年連続日本シリーズ進出

いつの間にか強くなったなあ。宇野勝みたいな変な選手がいれば完璧だ。


10/19(金)

腹一杯飯を食った。

パーティのような場だと、育ちの善し悪しが如実にあらわれてしまう。僕は、食べ物が目の前に あるときはとにかくそれに集中する。おそらく慢性的な飢餓状態にあるのだろう。 だから、談笑時間に本当に談笑したことがほとんどない。食べるものが目の前にあるのに、 一体何を喋るというのだ。石原家の教育は「一生懸命ご飯を食べなさい」だった。 僕はそれに忠実だ。

というわけで、食べ物が残っているテーブルを見ると、もったいないと思うと同時に怒りを覚える。 飯を食うことに対して、あまりにも無頓着なんではないか。三度(二度の人もいるだろうが) の飯が当たり前だと思っている人が多すぎる。全然当たり前じゃないのに。空腹感 を感じなくなったら人生終わりだな。

今夜のパーティでは苦しくなるほどには飯を食わなかった。一ヶ月に二度も同じ間違いを くり返すほど(10/6参照)僕は馬鹿じゃないよ。二ヶ月に二度くらいならあるかもしれないけど。


10/18(木)

生まれてこのかた正しい赤福を食ったことがないという可能性が高くなった。

おみやげの中ではかなりおいしい部類に入るんだから、売れ残りを引き取るなんて 弱気な戦略をとらずに全部小売店に買い取らせればよかったのに。
それじゃどっかの岩波書店と同じか。


10/15(月)

セーラーの極黒という万年筆用インキを買った。「黒色鮮やか、色あせない」 というキャッチコピーに惹かれて1500円もするインキに手を出してしまったと。
結論。これは正真正銘のパーマネントインクだ。一日おけば水をかけてもにじまない。 素晴らしいインクだ。パイロットのノック式万年筆に入れておいた。本当に鮮やかな黒だ。


10/14(日)

田沢湖経由で八幡平に行ってきた。寒い。すごく寒い。秋田側の紅葉は とってもいい感じ。

田沢湖駅の近くにこんな看板が立っていた。
「田沢湖付近、伝説の美女多し。脇見運転に注意」
それ見てからずっと脇見運転してたよ。

「伝説の美女」は普通前後関係から一人に絞られるはずだから、「伝説の美女多し」 ってのは矛盾してるんぢゃない?


10/13(土)

今朝、台所の蛇口を換えてもらった。大金をかけずにできることはすべてやって もらった。「これでだめだったら、浄水器とか、磁石を水道管につけるとか・・・」 って言ってる水道屋のおやぢ、どこかで見たことがあるなあと思ったらガッツ石松 に顔がそっくりだったべ。すっきりした。

それにしても浄水器はともかく、磁石は詐欺なんじゃないの。普通に考えて、 おかしいじゃん。水の性質が変わるって何よ。意味がわからん。 「水にありがとう」系の胡散臭さがある。


ストイコビッチが名古屋グランパスに戻るかも。さすがトヨタは金持ちだ。
超一流クラスで、しかも選手生命のピークをJリーグでプレーした(プレーせざるを得なかった) のは彼だけだ。相手にも、審判にも、味方にもブチ切れてばかりいる彼を見て「ああ、 だからあの地域には紛争が絶えないんだな」と、勝手に納得していたもんだ。 これを短絡的という。

気が短いストイコビッチのことだから、現在の自分より下手くそな選手にブチ切れて 半年以内に帰国するとみた。


10/12(金)

部屋の模様替えをした。全然代わり映えしないのはなぜ?


今春、何十年ぶりかで文部省主催の全国学力テスト(小6と中3)が実施された と新聞に書いてあった。でも全都道府県で結果の公表を学校単位ではしないんだと。
学校間の競争を過度にあおるからということなんだろうが、データ取り目的のテストで競争して どうするよ、という気がしないでもない。無意味な競争意識を持つ教員も、 有意義なデータ取りを妨害する日教組も、どっちもクソだ。



ちなみに僕の勤めていた高校では、校外模試の結果を学校ごと教科ごとに比較して いた。大手予備校は県内各高校のデータを比較できる形で提供している。 公立高校も私立高校も、よその学校のことが気になるんだろう。
これは無意味な競争の典型である。よそのことを気にしてる暇があったら、 まずてめえのところがどういう状態であるのかを分析して対策を練るのが先決だ。
そもそも、高校一年二年の段階での模試に何の意味があるというのだろう。 試験範囲は指定されているし、いわゆる進学校の生徒は真面目に受験などしていない。 そういう事情を知っているのかいないのか知らないが、無意味な数字に一喜一憂している (学校内では)偉い先生たち。大丈夫か、岩手県?

そういえば何年か前に働いていた(盛岡の)塾で、一高の生徒が「学校で一括申し込み している模試を受けないと、次回から受けさせてもらえなくなるんです。 先生は『安く受験させてもらっているのだから、ちゃんと受験しないと先方に失礼だ』 と言っています」とのたまった。開いた口がふさがらない。

進研ゼミ(or河合塾or駿台)のくせに生意気だ

ついでに、岩手県の”進学校”は模試を沢山受けすぎ。あんなものは、受験生になってから センター用のを2回ぐらい、個別試験用のを2回ぐらい受けておけば充分なの。 外部模試に頼らないと生徒の立ち位置を把握できない卑屈な教員にも問題ありだな。


明日、再び水道屋さんが来る。土に埋まっている部分は錆びない水道管なので、 黄色い水の原因として考えられるのは蛇口ぐらいだという。確かに、蛇口をひねって 2〜3秒間だけ黄色い水が出るわけだから、最初から蛇口付近を疑うべきだった。 水道屋さんには無駄な手間をかけさせてしまった。


10/10(水)

水道管換えて水が透明になったと思ったら、今朝また黄色い水が出た。 交換した部分以外にも錆びているところがあるんだろう。再び水道屋さんの お世話になることに。


10/9(火)

水道管工事が終わった。素人目にも水が透明になったのがわかる。 交換した水道管を見せてもらったら内側が見事に錆びていた。錆の厚さに ちょっとびっくり。これでようやく水道水を安心して飲むことができる。


名古屋と盛岡の違い。

その1. 車のスピード
名古屋の方が遅い。法定速度を守って走る原付が右レーンにいる。その後ろを 乗用車があおるでもなくもたもた走っている。

その2. バイトの時給
名古屋だと時給1000円以上のバイトは全然珍しくない。高校生だと安く使われて 時給850円くらい。賃金相場が盛岡とはまったく違う。

その3. 塾の数
実家と最寄りの駅(歩いて20分くらい)の間に、15軒以上の塾がある。 ほとんどが中学受験用の塾だ。
街中に行けばもっと色々ある。 南山(男子部)専門、とうたっている塾もあって笑ってしまった。 そこまで特化するか。いや、そこまで特化するほど立派な学校か、南山(男子部)? 東海中学ならわかるけど。 女子部は非常に優秀なはずだが。
学校も子供も多いからあれだけ乱立していて何とかなるんだな。盛岡は・・・ 少数精鋭?少数?

結論。僕はすでに名古屋人ではない。でも盛岡人にもなっていない。


10/8(月)

一時過ぎに盛岡着。ずっと寝ていたから多分今夜は寝付きが悪い。

今回の帰省でよかったこと。

1.うちの家族が生きていることを確認できた。
ときどき、とうちゃんやかあちゃんやじいちゃんばあちゃんが死ぬ夢を見る。 何ともいえない後悔の念にかられて目を覚ます。まだみんな生きている。

2.僕が生きていることを家族が確認できた
親も妹もときどき雑記帳をのぞいているので、生きているだろうとは思っていたようだが 、やはり実物を見て確認した方が安心だろう。誰かが僕になりすまして雑記帳を更新 してるかもしれないし。

3.靴を買ってもらった。
つま先全開の靴だと歩きにくいので新しいのを買ってくれ、といったら買ってくれた。 靴底に空気袋がくっついていて、膝や足首への衝撃を軽減するんだと。こころもち 歩きやすくなったような気がする。

4.腹一杯飯を食った。
これが続くと成人病になる。

今回の帰省で悪かったこと。

1.中学校一年生の甥に将棋で負けた。
普段はうちの父親(つまり甥にとってはじいちゃん)と実家で名人戦をやっているのだが、 今回は僕が名人?として彼の相手をした。僕は子供相手でも全力で戦う主義だから、 飛車角落ちではなく、平手で勝負をした。
なのに、あろうことか一回負けてしまったのだ。平手だから言い訳の余地がない。 格好悪かった。

2.腹一杯飯を食った。
土曜日あたりから、体が重たくなってきた。腹八分目とはよく言ったものだ。

3.なにもしなかった。
いつも実家に帰ると何もしない。わざわざチェロも持って帰ったのに、合計4,5時間しか 弾いていない。本も何冊か持って帰ったが、数ページ読んだら眠くなった。結局実家にあった 漫画を読んだりテレビを見たりしながら、いつも以上にだらだらした時間を過ごした。 実家のテレビはほぼずっと電源が入っているので、少しばかり世の中で何が起きているのか を知った。正確に言うと、テレビでどんなことが話題になっているのかを知った。 どーでもいいことを知ってしまった。


台所の水道水が時々黄色になる。明日ようやく水道管を交換してもらえるぞ。 朝八時半に水道屋さんが来るけど、僕は起きているだろうか。


10/7(日)

4歳の甥は、ポケモンカードで文字を覚えているらしい。覚えた順序は、 数字→アルファベット→カタカナ→ひらがなで、ひらがなはまだ苦手だと。 今日、一緒に昼飯を食いに行ったらテーブルの上に置いてある紙に字を書き始めた。

「じぼべば」「OHT」

左右逆の文字もあったりで結構楽しい。本人は頑固一徹で決して誤りを認めないので、 鏡文字はそのまんま。そのうち修正するようになるんだろうけど、どういうプロセスを経るのか、 すごく興味がある。

ひらがなの中でも、「と」が苦手らしく、はると君というお友達の名前を書くときは 「はるト」となってしまう。
親がわざわざ教えなくても、自動的に文字を認識する能力というのがヒトには備わっているんだな。 Chomsky の言う、innate grammatical competence というやつか。 体系的に教えないと、効率が上がらないような気がするけど。
僕が子供の時は、母親が本を読み聞かせてくれて、 それでひらがなを読めるようになったように記憶している。書けるようになったのはもっとずっと 後だったな。小学校に上がる少し前ぐらいか。


妹がユニクロで僕用のTシャツと軽いジャケットを買ってきた(金を出したのは 母上)。曰く「みすぼらしい格好を何とかしないかんわ」

特にみすぼらしい格好をしている自覚はないのでちょっとむかっとしたが、言われるままに ユニクロの長袖Tシャツを身につけた。

妹「普通の人っぽくなったがね。」
僕「・・・そうかね。今まで通りだと思うけど」
妹「いや、ましになったわ。ユニクロ結構いいんだわ。ま、全身ユニクロだけは避ける っていうのが鉄則だけどね」

僕のGパン、ユニクロ。


明日盛岡に帰る。天気予報を見るとずいぶん寒そうだ。冬が近い。


10/6(土)

初めてアップルストアに行ってきた。買った当時からトラックパッドボタン の反応が悪かったのだが、修理するほどひどくもないかと思って放っておいたのだ。 名古屋にアップルストアがあるので、ついでに覗いてみるかという野次馬心で行ってみたと。

アップストアは正面がガラス張り、内部の階段もガラス、不必要に広いスペースに塵一つない 行き届いた衛生環境と、考え得る限り最も僕の生活環境および性格と正反対の場所であった。 ので、まずストアに入る前に10分ほどためらってしまい、店の前と近くの松坂屋を うろうろ往復するということになった。店員さんもスマートな感じで話しかけるのが申し訳ない ような。

意を決して修理部門(Genius Bar という仰々しいような、かっこいいような名前がついている) のお兄さんに「トラックパッドのボタンがもう一つなんですけど・・・」と伝えたら、 そのお兄さんはちょっとパソコンを触っただけで「ああ、確かにこれは全然ダメですね。 延長保証に入っておられるので、浸水してなければ無料でトップケースを交換します」 と言ってくれた。店と松坂屋の間を往復してた自分が情けない。これを自意識過剰という。

修理自体は即日完了した。キーボードを含むトップケース全部が交換されて、 外見は新品同様になった。熱暴走による電源落ちのあるロットの製品だったので ついでにヒートシンクも交換されていた。実はどさくさ紛れにヒートシンク交換もしてもらえたら いいなあと思っていたので、とてもラッキーだった。これでしばらくは大きな不具合には 遭遇せずにすみそう。

しかし、たかがパソコン屋であんなに気を遣うとは思わなかった。店や店員の雰囲気が なんだかブランドショップみたいなのだ。僕はゼンマイ時計や万年筆が好きなのだが、 正規販売店には入れない。金持ち専門店みたいな雰囲気がすごく嫌い。多分そういう店が 似合う人間にはなれないだろうな。万が一何かのはずみで大金持ちになったとしても。

そういうわけで、時計や万年筆はアメ横で買うし、パソコンはK'sデンキかオンラインで買うし、 楽器は大きな楽器屋ではなく、小さな工房で買う。気が楽。本当は自分でいじれるようになりたい んだけど、手先が不器用だし金もないから無理だ。


鮨食い過ぎた。苦しい。回転寿司だと満腹中枢と胃袋の連係がうまくとれるようになる前に、 満腹を越えてしまう。ゆっくり、よく噛んで、お寿司を味わいましょう。
「腹も身のうちやで」という、死んだじいちゃんの言葉が頭に浮かぶ。時すでに遅し。


10/4(木)

L&G残高5500万円!

金持ちじゃん、と思ったら破綻してたのね。確かに1000億集めて、残高5500万円は ちときつい。割合としては1000万集めて残高5500円と同じ訳だからなあ。残高5500円の生活は 苦しい。学生時代にそれに近い状態を経験しているが、本当に余裕がなかった。

トヨタ商事やオウムのときも思ったのだが、彼らはどうして目立つほど儲けちゃうんだろう。 2〜3億ぐらいでやめておけば、新聞に載る前にドロンできるかもしれないのに。 もしかしたら、ネズミ講の類は金が集まり始めるとどうにも止まらないという性質を 持っているのかもしれない。規模が小さすぎると金が集まらないけど、ある臨界点 を越える規模になると、今度は歯止めがきかなくなってしまうとか。 経済屋さんが何か書いているような気がする。今度本屋に行ったら探してみよう。

L&Gみたいな、ただの詐欺グループの場合は、会員と家族以外には被害が及ばないけど、 オウムの場合はそうではなかった。

僕にはオウムに身ぐるみはがされた人々が被害者であるとは到底思えない。 彼らが常識では考えられないような額のお布施をしたおかげで、サリンが作られ、 人が殺され、彰晃さんは神様(釈迦だっけ)になってしまったのだ。
お布施をした人々は自分たちが加害者であるという認識を持っているのだろうか。 「騙された」なんてのは、いい年した大人が言っていい台詞ではない。 信じる、という言葉を、自分にとって都合のいい妄想を相手に期待する、 という意味で使っている人が多いような気がしてならん。

そういう人がいる限り、訳のわからん宗教やネズミ講はなくならないわけだ。


10/3(水)

新幹線の車内放送に「いい日旅立ち」とおぼしきメロディーが使われている。

「ああ、日本のどこかに」のところだけを電子音で流しているのであるが、 何だかおかしい。一つ目の「あ」が一拍目に聞こえて、二つ目の 「あ」が二拍目に聞こえる。
正しくは、一つ目の「あ」がアウフタクト(弱起)で二つ目の「あ」が 一拍目。何も考えずに二つの「あ」に相当する音を出すと、こういうことになるのだな。 同じ四分音符でもちゃんと考えて弾かないとダメだ。


10/1(月)

明日から夏休み。すっかり秋だけど夏休み。

 



















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